夢をかなえる、あるいは人生の転機ともなる店舗開業。高揚する気持ちの一方、資金繰りに頭を悩ませる人も多いことでしょう。お金のことを考えるのはなかなか大変で、細かな資金計画となればなおさら面倒でもありますが、事業では最も重要な部分です。まずは、開業に際して必要な費用にはどのようなものがあるのかを把握しておきましょう。
まず、商品・サービスを提供するベースとなる「店舗」そのものが必要です。多くの人が、賃貸店舗での経営を選択しますが、費用項目を挙げていくと、かなりまとまった金額が必要だということがわかります。以下に項目を列挙します。
賃料の数カ月分~12カ月分というように、物件によりかなり幅があります。「保証金」の意味合いによってその取り扱いは違ってきますが、民法622条の2第1項に定める「賃料債務その他の賃貸借に基づいて生ずる賃借人の賃貸人に対する金銭の給付を目的とする債務を担保する目的で、賃借人が賃貸人に交付する金銭」であるならば、「敷金」と同様の解釈になります。ただし、事業用賃貸物件は退去時の引き渡し条件が「スケルトン」という場合があり、そのときの造作解体・撤去には相応の費用がかかります。その負担の取り決めと保証金の取り扱いについては、返還分も含めて契約時に明確にしておくことは必須です。
物件オーナー(貸主)へのお礼という意味合いのものが費用として慣習化されたと言われています。金額の設定は物件ごとに異なりますが、「礼金なし」という物件もあります。礼金は一度支払ったら返還されることはありません。
契約月の翌月分の賃料を契約時に支払うものです。
物件の賃貸借契約を結ぶ際に、貸主と借主の間に入って仲介業務を行う不動産会社に支払う費用です。宅地建物取引業法により、上限金額が定められています。
居抜き物件を賃借する場合に、前の店舗の内装や設備を引き継いで使うために支払う費用です。規模や経過年数などにより金額に幅があるので、物件ごとに確認が必要です。
月額賃料が10万円という物件の場合、礼金・前家賃・仲介手数料がそれぞれ1カ月分、保証金が6カ月分だとすると、それだけで90万円になります。立地や建物の状態などにより賃料はかなり違いが出てくるので、月額賃料と初期に何カ月分が必要なのかをきちんと把握することが必要です。
まず、「スケルトン物件」を借りた場合に、店舗として形にするためにはどのような費用がかかるのか見ていきましょう。中でもそろえる設備が多い飲食業を例に、主なものを挙げます。
店内をどのようなものにするか、販売物品やコンセプトに沿ったデザインを行いつつ、機能面や法令による規制を踏まえた設計をするための費用です。店舗専門のデザイン・設計を手掛ける会社に発注するのが一般的です。
デザイン・設計した通りに内装工事をするための費用です。デザインから設計・施工までを同じ会社が請け負う場合と、各工程を別の会社に依頼する場合があります。事業主の考え方で選びます。費用の比較は一概にはできませんので、案件ごとの見積り次第になります。電気・水道などの設備工事、空調設備工事も必要になります。
飲食業特有で必須の設備です。調理設備、冷蔵・冷凍設備のほか、調理器具・食器類の保管設備などが必要になります。法令で定められた基準があるので、必ずその規定に合ったものを設置しなければなりません。また、換気や排水、客席エリアとの境界などにも細かな法規制があるので、購入・設置については注意が必要です。
テーブル・椅子をはじめ、来店客用の家具や食器類などの備品を用意するための費用です。必要数はフロアの広さや客席数によりますが、そのあたりは事業計画に盛り込まれているはずなので、気を付けるべきは購入物品の金額レベルを予算内に収めつつ、コンセプトに合ったものを導入できるかということになります。こだわり出すと金額は上がるので、妥当な線をきちんと把握しておくことが必要です。
従業員が更衣するための場所、業務用品・私物保管のためのロッカーや棚、休憩するための場所および設備などにかかる費用です。
売上や経費の記録、商材仕入の管理、従業員の出勤予定や給与計算など、日常で行うべき事務業務を行う場所のほか、パソコン・プリンターなどの電子機器も必要になります。
外壁、入り口扉、窓の仕様、看板類、庇(ひさし)、その他装飾物の設置・施工費用。
商品として販売するための食材を仕入れるための費用。
この他、レジスター、必要に応じ店内クリーニング、その他清掃用具や消耗物品の準備費用も必要になります。
「居抜き物件」を借りる場合には、内装についての費用一式および設備機器の購入・設置費用が基本的はかかりません。ただし、それらを引き継いで使用するための「造作譲渡料」がかかります。部分的に内装に手を入れる場合や一部設備を交換する場合は、もちろんその分の費用はかかります。また、設備機器でリース契約になっているものがあり、契約を引き継ぐという形になれば、リース会社にリース料を支払う必要が出てくるかもしれません。居抜きの場合は、その点を確認するようにしましょう。
以上は飲食業店舗での例ですが、その他小売業ではまず厨房設備が不要ですし、客席も不要になりますので、設備面での初期費用は飲食業より安くなるでしょう。これ以外にかかる費用としては、商品陳列のための棚やショーケースなどが挙げられます。また、小売業は物品をそのまま販売することが多いので、商品を相当数準備する必要がありますから、より仕入れのための費用が必要になると考えられます。
開業したからといってすぐに利益につながるわけではありません。集客が順調で売上も伸びれば、経営状態は安定しそうですが、出ていく経費についても考えておかなければなりません。実は事業が長続きしない原因として多いのは、資金が不足して経費の支払いができなくなるというものです。一見繁盛しているように見えても、その裏側では資金不足により経営がひっ迫しているということは珍しいことではありません。そうならないために、特に開業当初は運転資金を多めに準備しておく必要があります。
運転資金は、基本的には「固定費」と「変動費」の二種類があります。
まず「固定費」を見ていきましょう。固定費とは売上の変動に関係なく必ず発生する費用のことです。主に以下のものが挙げられます。
・店舗賃料
・リース料(設備機器をリースしている場合)
・減価償却費(設備機器などを購入した場合)
・支払利息(事業資金融資を受けた場合の利息部分)
・水道光熱費
・通信費
・人件費
・消耗品費
など
事業資金を金融機関から融資してもらうと当然毎月の返済が発生しますが、融資返済金額については「経費」にはなりません。融資分については、借り受けたときにその金額は一度自分の元にあったという解釈で、返済は文字通りそれを返しているだけなので経費としては認められないということになります。ただし、利息分は経費として扱われます。しかし、これはあくまでも会計上の理屈なので、経営する上では毎月の固定支出として見ておく必要があります。
水道光熱費や通信費は、使用料などによって毎月費用が変わる場合は変動費に入れることもあります。
人件費については、固定給与制ならば固定費で問題ありませんが、アルバイトやパート勤務の従業員で、時給制、シフト制を取っている場合は変動費として扱うべきでしょう。
消耗品費は、清掃用品、洗剤、トイレットペーパー、制服のクリーニング代、事務用品全般、ガソリン代などが挙げられます。毎月消費量が一定であれば固定費になりますが、売上(来客数)によって変わるのであれば変動費にするべきでしょう。
次に「変動費」ですが、主なものは以下になります。
・商材仕入原価
・販売促進費・広告宣伝費
これら「固定費」と「変動費」を正しく区別して、毎月必要な費用を把握しましょう。その上で、まずは売上に頼らずに、これら費用を支払っていけるだけの運転資金をあらかじめ確保しておくことが重要です。少なくとも数カ月から半年分の準備は必要だと言われています。
金融機関、取引先への支払いが滞ることは、事業を継続する上では致命傷になりますから、出店にかかるコストを抑えてでも運転資金は削らないように計画することをおすすめします。また、開業当初はお客様に来ていただくために広告宣伝にもお金がかかります。その分も考えて初期費用の振り分けと、運転資金の確保について検討しましょう。
どの業種で開業するにしても、一定の収益が見込めて経営が安定するまでにはある程度の期間が必要です。そのために、まとまった運転資金の準備が必要だということは話しました。一方で、早期に経営を安定させるためには、できるだけ早く「黒字化」する必要があります。赤字と黒字の境目は「損益分岐点」で表しますが、この損益分岐点を超えて売上を上げていくことと同時に必要なのが、経費の削減です。前項で固定費と変動費を把握したら、次にそれらを無駄なくできるだけ適正な費用となるように精査していきます。
例えば、同じ設備でも購入するより安いのであればリースを検討するべきでしょう。あるいは状態の良い中古の物品が市場にあるかもしれません。広告宣伝のためにサイトを立ち上げる場合でも、ツールを利用すれば自分で制作できます。
また、固定費としての電力使用に関して、使用電力に応じた最適な契約プランをすることで余計な費用を支払わずに済むことがあります。通信費のプランについても比較検討するといいでしょう。
ただし、もちろん何でも削ればいいというものではありません。従業員の時給を下げすぎれば良い人材が集まらず、店の評判が上がらなくなってしまうかもしれません。商材の仕入れを削れば、それこそ顧客の支持が得られなくなる可能性があります。
開業するには資金調達を含めた事業計画が必要ですし、各種申請や手続き、店舗探しなど、大変な労力がかかります。でも、店舗オープンはゴールではなく、まさにスタートです。理想の店舗を描きつつ、経営者として収支バランスを常に意識して、事業を継続させていくことが重要です。